はじめに
個別株を始めた時、私は現物を買うということしか知りませんでした。
「ロング」という言葉も、FXやCFDを知ってから徐々になじんでいきました。
ショートは「空売り」という言葉で知ることになりました。
ロングとショートは反対の概念です。
片方は値上がりに賭け、片方は値下がりに賭けるからです。
しかし、それは対称の概念なのでしょうか?
今回はそのことについて考えました。
かなり長い記事になりますが、ぜひお付き合いください。
レバレッジをかけないロングとショート
まずは個別株のレバレッジをかけない状態で、
ロングとショートの性質を整理してみたいと思います。
個別株でレバレッジをかけないというのは、
売買代金が資金内に収まっている状態を指します。
現物を買うということは、まさにレバレッジをかけていない状態です。
(レバレッジ1倍ということ)
この場合、最大損失は資金となり、
最大利益は株価が上がる限り青天井となります。
つまり、何も指値や損切りを置かなかった場合、
潜在的なリスクリワードの性質は損小利大となります。
一方、空売りはどうでしょうか。
レバレッジをかけず、運用資金と同等の株を空売りした場合、
株がゼロの価値になった場合、運用資金と同等の利益が得られます。
株が2倍になった時、証拠金としての運用資金は損失と相殺され、
破産します。
つまり、空売りの潜在的なリスクリワードは大きくても1:1であり、
損大利小になりやすいため、勝率が必要とされます。
これが「空売りは現物よりも分が悪い」とされる理由の一つです。
(企業価値が向上し成長している企業に対する空売りも分が悪くなります。
株価が長期的にロングバイアスがかかっているためです)
この分の悪い空売りを成功させるにはどうすれば良いでしょうか。
タイミングを見計らい、損切りを狭めることで破産の可能性をなくします。
同時に、狭めた損切り幅によって1取引当たりのリスクリワード比を大きくすれば、
分が良くなります。
ただ、レバレッジが1倍であれば、
初期の売買代金が大きく、株数が増えないため、
レバレッジを併用することが常套手段となるでしょう。
この工夫の違いが、ロングとショートの非対称性です。
テールリスクを引き受けた空売り
「テールリスクを引き受けた空売り」というケースもあります。
映画「ダム・マネー」で取り上げられた、
コロナ流行時のゲームストップ株の急騰がその例です。
個人投資家の大量の現物買いやコール買いにより、
大きなショートスクイーズが発生しました。
株を大きく空売りしていたヘッジファンドは買い戻しを余儀なくされ、
大損しました。
この場合、レバレッジではなく浮動株以上の株を売っていた
ネイキッドショートセリングが原因でしたが、
ショートはその仕方によって破滅のリスクを持つことを忘れずにいるべきです。
ゲームストップ株など「価値が0に近づくのを期待するショート」は、
今回の記事で何回か触れることになります。
レバレッジの種類
レバレッジにはいくつか種類があります。
売買代金と運用資金全体の比率、売買代金と証拠金の比率、
原資産価格とオプション価格の比率、価格変動に対する倍率などです。
レバナス(レバレッジ型金融商品)の特性
NASDAQ-100に連動する投資信託である、レバナスなどは、
価格変動に対する倍率にレバレッジがかかっています。
(投資信託は先物によって純資産に対してレバレッジを掛けています)
一般にレバレッジ型金融商品と呼ばれます。
現物で買って売買代金と運用資金全体の比率によるレバレッジは1倍でも、
価格変動に対するレバレッジ倍率は2や3倍となります。
この場合、大きな損失を出しても借金は原理的に発生しませんが、
デメリットなくレバレッジを享受できるわけではありません。
この記事ではレバナスを例に挙げたいと思います。
価格変動による減価
まず、価格変動による減価が発生します。
一般に価格がx%下落した場合、価格は1-0.01x倍となります。
元の価格に戻るためには1/(1-0.01x)倍になる必要があり、
(1/(1-0.01x)-1)100%のリターンが必要です。
例えば、10%下落したら価格は0.9倍になり、
元の価格に戻るためには1/0.9≒1.11倍になる必要があり、
その必要リターンは11%です。
レバナスの場合、原資産が10%下落したら、
レバナスは20%下落し価格は0.8倍になり、
元の価格に戻るためには1/0.8=1.25倍になる必要があり、その必要リターンは25%です。
すると、11%と25%を比較すると、25%は11%の2倍以上となります。
つまり、原資産が11%のリターンを得て元に戻っても、
レバナスは25-11×2=4%分だけ損をしているということになります。
反対のケースも説明します。
原資産が1日10%上昇したら、原資産の価格は1.1倍になり、
元の価格に戻ると0.909倍になります。そのリターンは約-9.09%です。
この時、レバナスは1日で20%上昇し価格は1.2倍になり、
元の価格に戻ると0.83倍になります。そのリターンは-17%です。
すると、-9.09%と-17%を比較すると、絶対値で-17%は-9.09%の2倍以下となります。
つまり、原資産が1日で-9.09%で元の価格に戻った時、
レバナスは2倍の-18.18%のリターンになり、
18.18%-17%=1.18%分だけ減ることになります。
この減少がレバナスの減価であり、レバナスの欠点と指摘する人がいます。
連騰の付加的なリターン
一方、連騰により、付加的なリターンを得ることもあります。
価格が2日間で連騰した場合はどうでしょうか。
原資産が1日目に10%上昇し、2日目にまた10%上昇したとします。
レバナスは1日目に20%上昇し、2日目にまた20%上昇します。
原資産が2日で1.1×1.1=1.21、つまり21%上昇するのに対して、
レバナスは1.2×1.2=1.44、つまり44%上昇します。
すると、レバナスは2日で21%の2倍以上上昇しています。
44-21×2=2%がレバナスの得られる複利超過リターンです。
この特性をレバナスのメリットと指摘するサイトも少なくありません。
続落した場合の下落耐性はあるのか
反対に、価格が2日間で続落した場合はどうでしょうか。
原資産が1日目に10%下落し、2日目にまた10%下落したとします。
レバナスは1日目に20%下落し、2日目にまた20%下落します。
原資産が2日で0.9×0.9=0.81、つまり19%下落するのに対して、
レバナスは0.8×0.8=0.64、つまり36%下落します。
両者を比較すると、レバナスの下落率は19%の2倍以下、
19×2-36=2%ほど下落が抑えられているように「見えます」。
この下落耐性は、
売買代金と運用資金全体の比率におけるレバレッジが1であることではなく、
「価格変動に対するレバレッジ」によるものです。
ところで、原資産が19%下落したときに、
元に戻るには23.45%のリターンが必要ですが、
レバナスは56.25%のリターンが必要です。
56.25/23.45≒2.39倍となり、2倍以上ですので、
2日間の続落後、原資産が元に戻るような動きがあっても、
レバナスが元の価格に戻るのは難しいと言えます。
その意味で、下落が抑えられているように「見えた」だけなのです。
上記のレバナスの特性は、
「価格変動に対するレバレッジ」と複利によって生じます。
これ自体についてはあまり是非の意見は持っていません。
複利とドローダウン
レバナスは「価格変動に対するレバレッジ」がかかっているため、
複利の効果を享受しやすくなります。
したがって、連騰すれば超過リターンを得られます。
しかし、「価格変動に対するレバレッジ」がかかっていない原資産でも、
ドローダウンが大きいと元の価格に戻すのは大変です。
複利で価格が半分になったら、2倍のリターンが必要です。
そこにレバナスのレバレッジ効果でさらに価値を減らすと、
いくら「価格変動に対するレバレッジ」が2倍でも、
元の価格に戻すのはさらに大変で、複利の前には屈するしかありません。
長期投資でレバナスを扱う場合、ドローダウンに耐える必要があります。
いったん大きなドローダウンをすると、
原資産保有よりもレバナスのドローダウンは複利の効果で長引きます。
これは長期投資ではかなり致命的な欠点です。
この欠点を取り除くには、レバナスを短期売買するか、
大きなドローダウンが始まる前に損切りすることです。
反対にレバナスの有効活用法として、資産のあまり大きくない割合を最大損失として、
大きな上昇相場をつかむことができれば、
借金のリスクもなく、価格変動のレバレッジを効かせ、
利益をつかむことができるでしょう。
これらの点についてレバナスの是非の議論ではあまり述べられていませんでした。
今回、自分の中で考えが整理されたので、アウトプットしました。
レバナス(レバレッジ型金融商品)のまとめ
まとめると、レバナスは「価格変動に対するレバレッジ」がかかった商品です。
これをロングするというのは、
仮に「売買代金と運用資金全体の比率」という意味の
レバレッジがかかっていなくても、通常のロングとは異なる特性が現れます。
インバースETFもあります。
これは原資産に対して、反対の連動率を持つものです。
(原資産1%上昇に対して-1%の下落をするなど)
レバナスと同様に複利効果で減価したり、超過リターンを発生させます。
また、原資産が株の場にはロングバイアスがあるため、
インバースETFは反対に長期的に価格が下がりやすく、
インバースETFをショートすることにはエッジがあります。
このショートを考えていくと、
「減価すると分かっているが急騰もありうる資産をどうショートするか」
という話が出てきます。
VXX
次にVXXの話です。
VXXは、ボラティリティを取引するVIX先物を、
期近から期先へと次々ロールするETFです。
株式市場が下落で恐怖に陥った場合、VIX指数が跳ね上がり、
それにつられてVIX先物が跳ね上がり、
VXXの価格が跳ね上がるというプロセスです。
このETFは明らかに長期的に大幅減価します。
それはVIX先物の期間構造によるものです。
したがって、ロングは長くて数日程度が関の山です。
ショートはその減価を利益に変えるエッジがあります。
エッジというよりも、なにも市場にパニックが起こらなければ、
お金を拾えるレベルの簡単なノウハウです。
そのため、VXXショート、つまり実質的なVIX先物のショート需要が溜まります。
同様の仕組みで、
かつてVIXに関係するETF・ETNにVIX先物のショートポジションが溜まりました。
2018年に突発的大規模なショートカバーが起きました。
VIXショックです。
実質的なVIX先物のショートポジションを持っていた投資家は大きくやられました。
「減価すると分かっているが急騰もありうる資産をどうショートするか」という
課題が浮き彫りになりました。
オプション
最後にオプションの話です。
かなり複雑なので、裸買いと裸売りのみに絞ります。
オプション売りでのレバレッジ
「オプションでレバレッジが1倍」というのはどういう状況でしょうか。
これは、オプションの裸売りで、
原資産換算の売買代金が運用資金と等しい場合を指します。
例えば、日経225オプションラージ(1,000倍)で1枚裸売りをしていると、
日経平均が40,000円として40,000,000円(四千万円)の運用資金を持っていれば、
どれだけ裸売りで損失を出そうとも借金はありません。
これを「レバレッジ1倍」と言います。
オプションの裸売りは損失無限大と言われますが、
厳密には「原資産換算の売買代金×レバレッジ」が最大損失です。
これは破産前提の途方もない金額となるため、無限大と恐れられます。
(米国株オプションではレバレッジ1倍でプット売りをすることは
初心者向け手法です。
これは米国株オプションの倍率が100倍と少ないこと、
アメリカンオプションのため、
オプション売りのプレミアム分だけお得に現物株を保有できるためです。
もちろん、大幅下落・倒産しない銘柄にプット売りを仕掛けることが肝要です)
この時のレバレッジは「原資産換算の売買代金と運用資金の比率」を指します。
オプション特有のレバレッジ
別のレバレッジの定義もあります。
原資産より安いオプションで、
最大で原資産と同じように変動するという性質にレバレッジがかかっている
と言えます。
これは、「原資産換算の売買代金と証拠金・オプション価格の比率」を
レバレッジと指しています。
オプションでのロングとショートの非対称性
最初の話題であった、
レバレッジがかかっていない状態での、
現物株でのロング、ショートの話を思い出してください。
オプションではロング、ショートの非対称性はどのように現れるでしょうか。
裸買いの場合、現物株のように損失限定、利益は青天井です。
しかし、時間でオプションの価値は減価するため、
裸買いポジションは不利になります。
ただ、レバレッジがかかっていないため、
最大損失は運用資金に対してそれほど大きくありません。
「価値が0になってもいいから裸買いを保有する」という戦略が取れ、
レバレッジがかかっていないロングの損小利大を引き出せます。
現物株と異なるのは、運用資金の大部分はまだ手付かずで、
別の運用に回すことでレバレッジをかけられることです。
裸売りの場合、損失は破産、利益はオプションのプレミアムのみです。
リスクリワードは非常に分が悪いです。
現物株のショートでは、損切り幅を狭めて設定し短期売買することで、
リスクリワードを改善できますが、
オプションの裸売りは原資産価格ではなくオプションの価格を取引します。
「高い価格では変動のスピードは速く、低い価格では下がるスピードは遅い」値動きを
相手にショートするため、
損切り幅を狭めるとノイズの価格上昇にやられやすく、
原資産の変動と時間減価による利確幅を大きくすることで、
リスクリワードを改善できます。
これにも「減価すると分かっているが急騰もありうる資産をどうショートするか」ということが含まれます。
レバレッジがかかった場合
レバレッジがかかるとどうでしょうか。
裸買いでは、損失限定とはいえ、運用資産に対する損失は大きくなります。
どこかで損切りをし、損失をコントロールする必要があります。
裸売りでは、ショートの難しさにさらに難しさが加わります。
少しの原資産の逆行がレバレッジにより大幅な逆行となり、
口座を吹き飛ばす可能性が高まります。
幸い、オプションのリスク管理ツールとして、グリークスがあります。
裸売りをしていても、ガンマ・ベガリスクに注意すれば、
急騰によるショートカバーを避けられます。
ショートの本質上、リスクリワードを保ち、
レバレッジをかけた短期売買でなければ分が悪くなります。
しかし、時間が経たなければオプションの価値は減価せず、
裸売りがそこそこの利益になることは少ないです。
ここを突き詰めればオプション売りに必要な思考が身につきますが、
簡単には成功できない非常に難しい話です。
この点については、またブログ記事にしたいと思います。
おわりに
以上、レバレッジを中心にロングとショートの非対称性の話を書きました。
投資・トレードではリスク管理が前提です。
しかし、リスク管理をする際に、
そのポジションがロングかショートかで本質的に異なることは
あまり意識されません。
レバレッジがかかり、短期売買になれば、
確かに対称的になる面もありますが、
非対称性は値動きに大きく影響を与えます。
ロンガーの恐怖による投げ売り、ショーターのショートスクイーズは、
この非対称性の影響を受けています。
ロング・ショートの非対称性に理解を深めることは、投資・トレードに役立つと考えます。